父親の思い出 -双極性障害は家族の遺伝?-

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双極性障害は、一般的に家族からの遺伝による場合がある、
ということが医学的に言われているようです。

わたしの場合も、もしかしたら、家族というか父の遺伝のようにも思えます。
父は、学校の教師もしていたのですが、
職員室でもウィスキーを飲むほどのアルコール中毒で、
そして躁うつ病でした。

少なくとも当時はそう呼んでいたと思います。
今でいう双極性障害ですね。

双極性障害というのは、百人に一人、つまり1%くらいの有病率なのですが、
わたしは父の遺伝もやはり複合要素のなかに入っているのではないかと、
そう思っています。

母親は、まったくそういう病気とは無縁の人ですので、
わたしが双極性障害になったと報告したときには、
父親のことを反射的に思い浮かべますので、
かなり深刻に悲しんでしまいました。

実際に、とても深刻だったのですが、
なんとか回復に向かっています。

時々、落ち込んでうつ状態がこれから悪化していくのかな、
という思いに駆られるときもあるのですが、
実際に、そうなっていくこともあります。

父が躁のときはすごかったですね。

もともと気性の激しい人というか、豪胆な性格でしたが、
いきなり教師の職を勝手にやめて、
これからは俺のペン一本でお前たちを食わせてやるからな、
と言ったときのことを覚えています。

母親は悲しみましたが、本人は大真面目で、

「おい、俺はむかし梶井基次郎についての論文で
いろんな文壇のやつらを圧倒させて、
かなりな勧誘があったにもかかわらず断った。

なんでか分かるか? 俺のほうが賢すぎて、俺の思想や文体が理解できなかったからだよ。
俺はたぶん、ゲーテには勝てないが、シラーは余裕だ。

俺はゲーテを目指さず、その百倍上におるシェイクスピアをこえるぞ。
日本のシェイクスピアになるぞ! 一気に書き上げるからこれから家では静かにな!」

もっと話は長かったですが、こんな感じで、すごく打ち込んでいました。
私は読みましたが、全く理解できない難解な文章と、
読点も句点もまったく使わない文体に驚きました。

「思想をいれるからみなダメになるんだ。
思想なんて上になればなるほど、単なる観念なんだから、
すぐに捨てられるようになるものだというのが、
みんな分からないんだよ」

こういうことを言ってました。
純粋に芸術的なきらめきというものを捉える能力があれば
あとは問題ない、その感受性の高さ低さが全ての才能の源泉だ、

こう言っていました。

父親の作品は、今も実家にありますが、実際、素晴らしいと思います。
わたしもかなり書物は読んでいますが、すごいと思っています。

時々、こういった病気の人が天才的な作品を仕上げることがあるとは
よく言われますが、その一人だった可能性があると、
身内がいうのもおかしいですが、本気で思ってます。

今は安らかになって、天国でわたしのことを見守ってるのかな。
それともあのしかめっ面で心配しているのかな(笑)

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